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ダムや河川の的確な予測を行う「予測学習システム」で、洪水時の避難を支援!

こんこんにちは!note編集部の大林です。
近年、気候変動の影響により、洪水の被害は激甚化しています。洪水時には、河川の水位を正確に把握し、いざという時には迅速に避難する必要があります。昨今、水災害の頻発化・甚大化と共に、洪水の危険度を的確に把握した早期の避難の重要性はますます高まっています。そのようななか、国交省は2021年4月、国が管理する大規模河川について6時間先の水位予測の公開を開始しました。
洪水被害軽減のためにダムを最大限に活用する際にはゲート操作などを見越した精度の高いダム流入量の予測情報、また洪水時の確実な避難のためには河川水位の予測情報が不可欠です。そこで、当社は「ダム流入量の予測学習システム」と「河川洪水の予測学習システム」という2つのシステムを開発しました。

研究・開発者

どんなシステムなの?

大林:この2つの予測システムはどのようなシステムなのでしょうか?

天方:「ダム流入量の予測学習システム」、「河川洪水の予測学習システム」は、予測学習※(運用時の予測精度向上を追求して「予測データ」からモデル構築を行う)に深層学習モデルを適用しています。複雑な非線形関係を捉えることが出来る深層学習モデルを活用することで、未来の不確実性を持つ予測雨量から確実性の高いダム流入量や水位へと変換しています。予測学習で予測モデルを構築する方法は、業界初の技術となり、従来とは全く異なるフレームワークを活用して6時間先のダム流入量や水位の劇的な予測精度向上を実現しています。
※「予測学習」(predictive learning):モデルが計算した予測値と実測値との差を学習し、予測精度を上げるアプローチ。

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予測学習の概念図

石井:「ダム流入量の予測学習システム」と「河川洪水の予測学習システム」とを併用することで、流域全体の水害リスクを早期に検知できることとなります。ダムや堤防、調整池といった治水施設だけに依存しない、水害リスクと共存した柔軟な流域治水対策も後押しします。

天方:この2つのシステムの特徴は小流域でも6時間先予測を実現できる点と導入も容易な点です。
本システムは、流域最上流端に降った雨が任意地点に到達するまでの時間(洪水到達時間)を十分に確保できない小さな流域に対しても、精度の高い6時間先の水位予測などを実現します。また、通常計測している水位データなどがあればすぐにモデルを構築でき、導入時のイニシャルコストや工数のハードルが低いことが特徴です。

開発秘話~なぜ開発する必要があったのか~

大林:水害リスク検知や流域治水対策に必要なシステムということは分かったのですが、なぜこのようなシステムを開発しようと思ったのでしょうか?

石井:河川水位やダム流入量の予測技術は、洪水時の雨を水位やダム流入量に変換する技術です。この変換技術は、従来より河川計画などの分野において技術者の知見や観測データをフル活用して現場運用されてきています。結果、この技術は過去に発生した洪水の河川水位やダム流入量をうまく再現できています。一方未来を予測する際には、過去の雨では無く未来の雨に変換する必要があります。未来の雨は、気象庁が長年研究を重ね、年々予測精度が上がっています。ただし未来の雨が100%の予測精度を持つことは永遠にあり得ないですし、先の未来ほど予測精度は下がります。ところが従来利用してきた技術は、過去の洪水の再現精度追求の技術であり、これは、すなわち、100%の予測精度を持つ未来の雨が前提の技術です。つまり気象庁の未来の雨の予測が100%の予測精度を持つまで河川水位やダム流入量の予測精度は確保できないことになります。

「ダム流入量の予測学習システム」の内容と予測結果

天方:この分野(気象)と分野(水理水文)の接続GAPは長年解消されず、このGAPを解消したのがデータ科学上の知見です。データ科学上は、予測精度を上げるためには、学習(モデル構築)と予測(運用)のデータ環境を可能な限り近づけることが大前提です。その観点では、河川分野が従来行ってきたようなモデル構築時(過去雨量)とモデル運用時(予測雨量)においてデータの特性や種類が異なる状態は好ましくありません。このGAPを埋めようとしたのが開発背景です。
以下が従来の現象再現を追求した系と今回紹介している運用重視の系の違いです。現象再現系は入力と出力に観測値を使いモデル構築し、運用時の入力に予測値を用います。このため、同一の系で完結せず異なる系を横断する行為(赤い点線)が発生します。これが予測精度の悪化をもたらします。一方、運用重視系は入力に予測値、出力に観測値を使いモデル構築し、運用時の入力にも予測値を用います。このため、モデル構築から運用まで同一の系で完結します。

現象再現系と運用重視系の違い

大林:開発を進めるなかで、苦労した点はありますか?

石井:まずは水理水文分野の技術者として、雨から河川水位やダム流入量への変換技術の精度向上に取り組みました。特に中小河川や小流域では、水文観測データが少なく従来の再現性を追求したモデル構築も十分ではないこと、多くは必要なリードタイムより洪水到達時間が短いことから、不足する情報を追加する必要がありました。流域内で水文観測してデータを追加したり、流域外の気象観測データを用いたりして、データを充実させる方向で予測精度向上に取り組みました。これは、6時間先の水位を予測する場合、6時間先のデータ特徴量がどこに分布しているかを観測データの中に見出すアプローチです。しかし、このアプローチでは、リードタイムより洪水到達時間が短いという流域特性の呪縛を解けず、期待するほどの成果は出ませんでした。 もう一つのアプローチとして、予測雨量を使ってモデル構築し、運用時の予測精度を高める取り組みを行っていました。しかし、過去の何度かの取り組みは失敗に終わっていました。

天方:自然現象と人が実施するシミュレーションとの間には必ず誤差が発生します。ここで言うシミュレーションとは洪水時の雨を水位やダム流入量に変換する技術と同じようなものです。人が実施するシミュレーションは自然現象を模していますが、何らかの簡便化やデータ簡素化が図られ、シミュレーションの表現力は自然現象に遠く及びません。簡便化や簡素化などによって生じる誤差は、観測誤差やモデル誤差などと呼ばれます。未来の雨の誤差は観測誤差のようなものになります。従来の過去再現性を追求するモデルでは、この未来の雨の誤差を吸収できず、未来の雨の精度が100%正解に達しない限り、水位やダム流入量の予測精度に期待できない状態でした。

石井:未来の雨の中にしか6時間先のデータ特徴量が内包されていないと考え、再度、未来の雨の誤差に向き合うことにしました。ただし、これまで変換技術として用いたことがある流出解析モデルやニューラルネットワークでは誤差を吸収できないことは経験済みだったので、ダメ元で深層ニューラルネットワークを用いた取り組みとしました。ダメ元というのは、過去再現性を追求する従来プロセスでは、ニューラルネットワークと深層ニューラルネットワークの予測精度に大きな違いを見出していなかったためです。ところが、予想外に精度の高い結果を実現できました。 今となっては、過去の雨から河川水位やダム流入量への変換は線形変換に近く、未来の雨から河川水位やダム流入量への変換は非線形変換であり、前者では当然ニューラルネットワークと深層ニューラルネットワークの差はなく、後者において両者の差が顕著に出た結果だと理解しています。

「河川洪水の予測学習システム」の6時間先の精度の違い

開発後の取り組み~導入事例・今後の展望~

大林:このシステムはどのようなところで使われていますか?

石井:高知県にあるダムにおいて、本システム「ダム流入量の予測学習システム」の導入が決定しました。そのダムは、既存の予測モデルが全く当たらないことに課題があり、少しでも洪水警戒体制に入るタイミングに余裕をもちたいという課題がありました。予測精度向上に最新技術を期待しており、精度の高い予測技術を提供できたと考えています。 ダム管理者の負担軽減に繋げるため、今後もダム管理者の負担軽減に繋げるため、この技術の各自治体への導入を目指していきます。

大林:日本にあるダムの数は2,760個のようです!(参考:一般社団法人日本ダム協会HP「ダム便覧2021」)多くのダムで使って頂けると嬉しいですね!
今後の展望はどのように考えているのでしょうか?

天方:気象庁と国土交通省の有識者検討会(洪水及び土砂災害の予報のあり方に関する検討会)において、洪水と土砂災害の予報業務を民間気象会社などに解禁する方向で検討が進んでいます。加えて水防法※の改正により施設管理者は「避難確保計画」を策定する義務が生じます。メーカーや工場、災害弱者(要配慮者利用施設など)など、洪水情報の早期提供のニーズは高く、そのようなニーズに応えられるように精度の高い洪水予測情報を提供していきたいです。 
社会資本インフラは、これまで厳しい自然条件を緩和させる環境を創り出すことで社会の生産性向上を実現してきましたが、これからは更にデジタル環境と融合して「情報の見える化や情報共有の充実」、「予測」、「情報の活用」前提で従来の社会資本インフラの制約条件(大きい、重い、動かない、単一機能など)を解放しながら社会の生産性向上を実現するフェーズに入ったと考えています。このため、スマートシティや都市DXの文脈の中でも今回のソリューション提供を展開していきたいと考えています。
※水防法:洪水、雨水出水、津波又は高潮に際し、水災を警戒し、防御し、及びこれによる被害を軽減し、もつて公共の安全を保持することを目的とする法律のこと

参考リンク

ダム流入量の予測学習システム
河川洪水の予測学習システム
ダム流入量・河川水位予測サービス

天方さん、石井さん、ありがとうございました!
本システムは、洪水予測への適用をはじめとして、気候変動による降雨パターン変化に備えた対策を行う民間企業への活用も見込んでいます。
今後もぜひ注目してください!!